今朝、ゴミ出しに出たついでに、ご近所の奥さん達と話をしていました。夏祭りの集金額の確認や、昔本来の地域の夏祭りの事柄等です。
集金額は四半世紀程、いえもっと昔からか、同額の儘変化無しです。この物価高に、という言葉が何回繰り返されたか分からない程の年月、金額が変わらないのはやはり地域の賜物です。
言っても詮無い言葉、というのが有りますが、この話も、今はもう言っても仕様が無い話となりました。これは地域の納涼祭のお話です。もう過去となったお話です。
こちらの地域では、春の大祭が男の人、男の子のお祭りでした。それに対して、夏祭りとも言われる地域のお姫様の名前を冠した祭りは、女・子供の祭りでした。この子供は男女の子達です。少なくとも私の幼い頃はそうでした。この地域は江戸初期から有り、町名もその頃から残っている区域です。夏祭りについては何時ごろから行われていたのか、調べていない私には不明です。
この夏祭りは子供達の提灯行列で、地域の氏神に祀られたお姫様を供養する、そうしてお姫様に地域の子供達の安全、健康、成長を祈願するという目的で行われていた様です。お祭りの最後に、子供達はお菓子や玩具、子供の喜びそうな物を貰い、各自嬉しく家路に着き、その年の夏祭りは終了となっていました。
この祭りの最後が、或る年突如として変化しました。親子、家族でのバーベキュー、アウトドアの飲み会、子供等のスイカ割りや花火大会が行われる、定時の地域の夏の祭典となりました。
まぁ、くどくど文句を並べる気は無い筆者です。地域の伝統や夏祭りの意味合いが変わった、そんな苦情を言う気もありません。もう定着した地域のおじさんたちの飲み会に、今更水を差す気もないのです。
只、バーベキューや、大人のおじさん達が飲み会を始め、夏祭りにその形が定着し始めた頃、それ迄祭りの世話をしてご婦人が、私にポロリと零していた言葉を、私は印象深く覚えているからです。子供達の世話を長年されて来たそのご婦人は、私にとって地域でも馴染み深い方でした。
「祭りの意味合いが変わってしまった、。ほんらいはこんなまつりじゃないのに。」「女、子供の祭りなのに。」「お父さん達の飲み会になってしまって…。」「こんなの○姫祭りじゃ無い。」
もう来ないわ。途中で退席されて行かれた後ろ姿が、寂しいというよりその時は怒っている様に見えました。それでその後、その方がもう夏祭りに出て来られなくなったかというと、そうでは無く出て来られました。
「子供達が喜んでいるから、それでいいわ。」「お父さんも喜んでいるし…。」そう言って会場におられましたが、ふいっと立ち上がり帰って行かれました。家に用があったのかもしれません。私はその背を見送りながら、寂しそうな後ろ姿を眺めていました。
その後、私はバーベキューは勿論、夏祭り自体にも参加しなくなったので、のちの夏祭りの様子は知りません。聞く所によると、夏のお父さん達んの飲み会、憂さ晴らし、納涼祭云々との事です。
今になって私が思う様、全くの私見ですが、このお姫様のお祭り、昔のお嫁さんの年に一度の憂さ晴らし、嫁ぎ先の舅姑、その他諸々の家の憂さから離れ、子供の手を取り提灯行列、普段ゆっくり話も出来無いご近所の、やはり嫁して来た婦人同士の屈託の無いお喋り道中、彼女達が自分の子とだけ過ごせる、同じ境遇の仲間と集い羽目を外して羽を伸ばせるという、年に一度の夏祭り。そう言う婦人と子供のお祭りだったのかしら。(^。^)
今日も暑さに感けて推敲無しです。
こんなの有るのだ、と、パチリ!。
ゆでエビ状態。 
差し詰め、昭和の私はこの中の青タイプかしら。ポツネン。(・・)
現代作家さん達の訳本だそうです。昔の学生なら、原文読みのゼミ辺りであんちょこにした奴だな^^;と、内心苦笑いの私。
自分で沸かしたお茶。(^O^)