nanohanarun’s diary

気ままなブログ、エッセイ等書いています。

うの華4 54

 あれの事で思い煩うのはお止め。夫はパシっとした声で妻に命じた。この声に妻は言葉も無く夫を見詰めた。彼女は何か言いたくてモゴモゴと口を動かした。が、彼女の口から何かしらの言葉は出てこず、頭にさえ、どんな考えもさっぱり浮かんでは来なかった。

『今日は如何してこんなにも頭が働かないものか?。』

彼女自身、自ら不思議に思った。

 「本当に嫌な奴だ。人の嫌気の壺を心得ているとしか思えない。」

彼は言った。

「あの言葉を聞くとね、私はカッと頭に血が昇って来てね、目の前さえ赤く見える位なんだよ。」

神経を逆撫でされる様な気持ちとは、この事なんだね。正にそう言う気持ちになっているんだよ、私は。

この時夫は普段と語調を変えていた。彼が商売等で各地に出歩く時の、如何にも他所行きの声音と口調であった。

 彼の妻は思った。夫は彼等の孫の智に、彼等の事情の仔細を悟られたくないのだと。そこで、彼女も夫のお供で仕事に出かけた時の、如何にも取り澄ました感じの奥方の余所余所しい声音に変えると、自分の夫に応じた。

「それは如何言う時で、どんな言葉ですか。」

こう問い掛けると、私にも教えて下さい、と尋ねた。「まぁ、お前さんもやる気になったのかい。」夫は言った。ええと妻は釈然とした声で答えた。

 『聞きなれない声だ。』

私は思った。家の勝手口の奥から、大人の男女の話す声が聞こえて来る。『内に誰かお客さんが来ている様子だ。知らない人だな。』。私はその聞き慣れず変哲も無い男女の話し声に、商売で家に来た男女の客だろうと思った。家の親戚では無い様だ、そう考えると、人の内の家の奥までやって来て、一体何を話しているのだろうか?、とか。何かしら誰かの事を批判しているらしい、誰の事を評しているのだろうか?と訝った。